「はじめてのコーポレート・ガバナンスコードとESG対応」セミナーレポート Vol.2 コーポレートガバナンスの基本5原則編
2021年12月16日に、「はじめてのコーポレート・ガバナンスコードとESG対応」をテーマにセミナーを開催しました。
2021年はコーポレート・ガバナンスコードの改訂、2022年は東証の市場再編と大きな変化が続きます。
今回は、元楽天IR部長で『楽天IR戦記』著者の市川 祐子氏に、「コーポレート・ガバナンスは何のため行うのか?」、「機関投資家が求めるESGとはどのようなものか?」、「ESGはいつから取り組むのが良いのか?」といった内容をお話しいただきました。当日の参加者より「基礎的なお話から始まり、理解が進みました。」などの前向きな感想が多く寄せられました。
第2回目はコーポレートガバナンスの基本5原則をお送りします。
コーポレートガバナンス報告書を書くと個別原則の話に偏るので、まずは基本原則を1つずつ確認していきたいと思います。
【基本原則1】株主(特に少数株主)の権利平等性の確保
議決権と配当に関しては、適切で平等な行使環境の整備を行うべきであると考えられています。前回お話した船の航海で例えると、陸にいる株主(機関投資家等)と船に乗っている株主(オーナー社長など少数株主)がフェアな関係であるべきということです。つまりは議決権行使のしやすさ、政策保有の制限、買収防衛策の制限などが該当します。
【基本原則2】株主以外のステークホルダーとの適切な共同
企業価値の創出というのは、従業員・顧客・取引先・債権者・地域社会をはじめとする様々なステークホルダーによるリソースの提供や貢献の結果であり、適切な共同を行うべきです。
これを航海で例えると様々な停泊地で乗組員が仕入れ作業を行い、お客様にサービスを提供し終えると、税関を通過してまた新たな目的地へと出発し航海を続けます。”長続きする航海”、つまり「長続きする経営」をするのであれば、乗組員などのステークホルダーときちんと価値を分け合う必要があります。価値とは、例えば雇用や給与や商品などの支払原価であり、これらの利益配分をバランス良くやらないと持続的ではなくなります。要は長続きさせる、ということです。これらをまとめるポイントは、会社設立時から掲げている「理念」です。理念を従業員と共有することです。
バランスの良い経営には、行動準則の策定や多様性が求められます。ジェンダーだけではなく、世代や中途採用なども含めた多様性など様々です。内部通報制度も必要です。そして企業も企業年金としてのアセットオーナーでもあるので、そのような点についても意識を持つことが個別原則となります。
【基本原則3】適切な情報開示と透明性の確保
前述(第1回株式会社経営のおさらい)の航海の例えになりますが、“船に乗っていない株主”からすると、船のトラックレコード(航跡)を開示したり、船がどこに向かい、どの位のスピードで進んでいるかという情報をタイムリーに発信したりして欲しいわけです。現時点の財務情報だけでなく、事業戦略リスクやガバナンスについても正確に開示する必要があります。会計監査や役員の指名報酬の決め方、先ほど重要視されていた無形資産やサスティナビリティが該当します。
【基本原則4】取締役会等の役割
こちらについては、一番重要であると私は考えています。
取締役会は、受託者責任を踏まえた企業戦略の方向性を決定し、経営陣のリスクテイクを支え独立した立場で経営陣に対し実効性の高い監督を行います。航海に例えるならば、“船の行く先を決める”のが取締役会です。”board”という英単語がありますが、”船の操作盤”を意味し、社外取締役の役割は“陸にいるオーナー”の目線でこのboardに乗ってもらうということにあります。
個別原則のポイントは、中継事業ポートフォリオ、サスティナビリティ、基本方針、人的資本、知的財産への投資が特に大きな方向性と規定されています。大事なことは、挑戦とリスクのバランスをとることです。取締役は株主の代理人であり、決して内部昇進の最終形ではないということ、つまり社外取締役の独立性の重要さを説いております。
【基本原則5】対話
これは皆さんのお仕事そのものなので細かいことは言えませんが、“陸で待つ株主”と対話をしてください。そしてIR経営陣や取締役、求められれば社外取締役や投資家とも対話をしてください。
以上が、基本5原則になります。
来春の新市場区分「プライム、スタンダード、グロース」のどれに該当するか決められた会社も多いのではないかと思います。「プライム」は、グローバルな投資家との建設的な対話を中心に据えた企業向けの市場と位置づけられています。グローバル投資家向けの市場なので、既に欧米ではセオリー化されたガバナンスレベルに近い基準を要請されています。つまりは、TCFDも英文で開示し、社外取締役を3分の1以上選任することが求められます。
「スタンダード」は、プライムに劣後するわけではなく、グロースも含め3つは並列関係ですが、十分な公開企業としてのメリットを取れるようにしたいというのが東証の意図です。パブリック企業として信頼に足るガバナンス水準と十分な流動性を備えた企業向けの市場と位置づけられています。
「グロース」は高い成長性を有する企業向けの市場と位置づけられています。コーポレートガバナンスコードについては基本5原則のみ適応されます。先ほど説明した5つの原則をしっかり遂行し、とにかくグロースして欲しいというのが投資家と東証のメッセージです。
ご存知の方も多いですが、コーポレートガバナンスコードは「コンプライ・オア・エクスプレイン(Comply or Explain)」方式です。このコードは、「株主のために長く稼ぎ続ける仕組み」なので、その仕組みがあれば必ずしもコードの通りでなくてもよいというソフトローになっています。コンプライするということは、欧米で持続的成長の鉄則として確立された型を行うことを意味します。エクスプレインには2通り考えられます。1つ目は、型に取り組むものの途中なので準備中というような説明をするケースと、2つ目は、型から外れるけれども合理的な説明ができるケースです。「我々はこの様な形態、この様な理由で株主の利益保護を実現しています」あるいは「全く該当しないのでエクスプレインします」と言うようなことが思い当たります。全てをコンプライしなくても良いですが、そうかと言って何も考えないで全部コンプライすると逆に信用されなくなってしまいます。ただ、事業ポートフォリオや知的財産など数字で示されていない行動については、後者を選択しがちになりますが、これこそが重要なので、安易にコンプライしないでしっかり型に取り組む、ことをしていってください。
取締役会については、このコード導入以降大きく変わってきました。ボード1.0と名付けましたが、昔の日本企業の社内取締役というのは、社内昇進の頂点であるかの様に、社内取締役の合議で意思決定を行っていたという状況でしたが、今はこの様な会社はほとんどありません。今の日本企業は、社内取締役が社内昇進の頂点ではないということがはっきりしている会社がほとんどです。必ずしも社内昇進の頂点ではない社内取締役と独立社外取締役が1名以上ですが、一部を除いてはすでに9割以上の企業で独立社外取締役が2名以上います。
その様な人たちが役員の指名や報酬に一定程度関与するようになっています。ただ、これはまだ簡易的であり、ここから移行していくプライム市場が目指すべきところは、米国企業型です。独立社外取締役が取締役の過半数以下であり、恐らく社内取締役はCEOとCFOだけになっていくのではないかと思います。ここでの人数の話は“ナンバーズ・ゲーム”とも言われています。問題は、何を取締役会で話すかということですが、米国の取締役会の話を聞くと、議長が社外というだけでなく、議案の設定やアジェンダセッティングから社外がリードして、CEOの選解や報酬設計まで社外取締役中心に決定するとのことです。この様にすると一見、守りのガバナンスばかりのような気がしますが、攻めのガバナンスのために何を議論するかということが重要になります。キーワードとして挙げられるのは、事業ポートフォリオの見直しと戦略、人的資本、知的財産投資、それから経営戦略の前提としてのサスティナビリティ基本方針です。経営戦略の開示にあたり、自社のサスティナビリティの取り組みを適切に開示し、企業価値の向上の観点からサスティナビリティを巡る取り組みについて基本的な方針を策定すると、攻めのガバナンスのためのサスティナビリティというものがコードに書かれているということをご理解いただきたいと思います。
第2回ではコーポレートガバナンスの基本5原則をお送りしました。
第3回目はESGについて海外や日本を比較しながら、ただのコストではないというお話を中心に、ESGの基本についてお送りします。